April 05, 2005

Waiting For The Sirens' Call / NEW ORDER

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遂に君たちはJOY DIVISION抜きで語れるNEW ORDERのアルバムを手に入れた。


とにかく、NEW ORDERの話をしようとすれば必ずJOY DIVISIONが付いてまわる。
悲劇の自殺を遂げたフロントマン、イアン・カーティスと未だに多くのアーティストが「影響を受けたアルバム」に挙げる2nd『Closer』。その名前がUKロック史に燦然と輝いているがために、残された3人が結成した全く別の音楽性を持ったバンド、NEW ORDERを語ろうとしても、なぜかJOY DIVISION伝説をまるで見てきたかのように熱く語ってしまう。
そんなサウンドコンシャスなバンドとそのファンが陥りやすい実況過多に包まれたまま、NEW ORDERはもう20年以上のキャリアを積んできた。


21世紀になってから公開された、映画『24HOUR PARTY PEOPLE』がその傾向へ更に拍車をかける。SEX PISTOLSのライヴで幕を開け、イアン・カーティスの自殺までの70年代後期マンチェスターの狂騒を2時間ドラマにパッケージしたこの映画で、君たちは伝説が真実を超える瞬間を目撃することになる。
NIRVANAのベスト盤クロスレビュウの項でも少し触れたが、ダイジェストを見ると全てが必然であったような錯覚に囚われるという例のやつだ。ハシエンダの成功、ファクトリー・レコード。トニー・ウィルソンが免罪符を発動してその終末全てが70年代の時点で既に必然であるように描いた21世紀の映画で、真実は伝説によって壁の向こうに塗り込められる。


93年から8年間NEW ORDERが活動停止に追い込まれたのも、原因はファクトリー・レコード。
また出てきた、JOY DIVISIONの遺産。僕のような、年代的に然程JOY DIVISIONに思い入れがなく、NEW ORDERの80年代お気楽デジタル・ダンス・ビートをINXSと同列で愛していたようなUKロック史検定落第のファンにとっては、NEW ORDERは常に語り辛いアーティストで在り続けた。
正確には「気軽に紹介したいのに無理矢理熱く語らされる」アーティストか。


ところが、そんなスノブ臭さを回避したいがために眼鏡をかけて余計スノブ臭くなっていた悪循環のヒゲロックに朗報が。NEW ORDERの最新作『Waiting For The Sirens' Call』からの1stシングル"Krafty"が、JOY DIVISIONもマンチェスターもイアン・カーティスも吹き飛ばして、破壊的に面白いじゃないですか。


いや、"Krafty"自体は別に大したこと無い。
20年以上のキャリアを誇るバンドの楽曲だとは到底思えないほどに瑞々しくて、バーニーの歌は相変わらずたどたどしくて、最高なのだけど。JOY DIVISIONの呪縛を振り払って苦手のUKロック・レビュウに乗り出した理由はそんなところには無く。日本盤ボーナス・トラックとして収められた"Krafty (日本語バージョン)"という魔物にある。これは凄い。僕がイアン・カーティスなら24回自殺してもおかしくない衝撃。


バーニーが自ら「日本のファンに向けて是非日本語で歌いたい」と希望したらしい"Krafty"の日本語詞を担当したのは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文。僕はこの人たちのことをさっぱり知らないので、勝手にポスト・グランジのギターロックかエモみたいなバンドを想像している。
日本盤のライナーノーツ(URLに該当テクスト転載)でrockin'onの偉い人が「彼らの歌にロックンロールだけが伝えることのできる、海を越えたあの曇り空の風景を感じてしまうのは偶然だろうか?」と必然を強調しているので、多分音のこもったバンドなんだろうな、と。「ぎこちなくキミと手を繋ごうとするすべてのひとたちのためのダンス/ロック・ミュージック」とも書いてあるので、ひょっとしたらフォークダンス的な音楽なのかもしれない。
カンフー世代のフォークダンス。斬新極まりないではないか。
解説を読む限り、多くのファンを抱えるロック・バンドらしいが、それも頷けるコンセプトだ。


冗談はさておき。ぎこちなく僕と手を繋ごうとするカンフーファンにチョップを喰らうのは趣味じゃないから一応書いておく。「冗談はさておき」。
この日本盤ボーナス・トラックが20数年に及ぶNEW ORDERのキャリアを全て冗談にして丸裸に剥いでしまうような「ありえない興奮に満ちた歌(前出ライナーノーツ)」であることは疑いようもない。これはキワモノなどでは決してなく、アーティスティックな踏み絵だ。


おそらく後藤さんは真摯にオファーに応えようと奮闘したのであろう。
英語原詞の意味を外すことなく、しかも英語詞と日本語詞が見事に韻を踏んでいるという傑作日本語詞が完成した。"Give Me Another Night"と「君を成さない」、"I Need A Second Chance"と「愛に世界を」、"I'll Say It One Last TIme"と「明日を終わらせない」など、NEW ORDERの歌詞世界が持つ煌きを損なわない力作。を、たどたどしい日本語ながら真摯に歌い上げるバーニー。


そこにイアン・カーティス以来25年ぶりの悲劇が生まれた。
要するに日本語詞と英語詞の歌い回しが似過ぎなのである。日本語だけでなく英語もたどたどしいバーニーが歌うと、見事なまでに両者の印象がシンクロ。もう英語の原曲を聴いても全部日本語にしか聴こえない空耳アワー本歌奪り。桜の咲く季節、久しぶりにリリースされたNEW ORDERの新譜に包まれて心地よい春を迎えようとしていた僕の桜の枝を、そうはさせじと根元から折る「キミヲナサナーイ」。僕はこんな情けない音楽に、英語だというだけで騙されて、10何年も熱狂していたのか?


僕たちの洋楽幻想とNEW OREDER幻想を次々と崩して心臓を破壊する「アタック感(前出ライナーノーツより)」。これはきっと世界のロック・ムーヴメントに今まで一度たりともリアルタイムで参加できなかった、日本の洋楽ファンに対するマゾヒスティックな回答なのだ。
UKパンク、オルタナ、グランジ、USパンク...。
いつも後乗りで伝説を真実だと思い込んでしたり顔で「僕の青春の音楽」を騙ってきた僕たち活字文化ロックの申し子へのぎこちなくて残酷な拒絶。ざんねんだけど、君とフォークダンスは踊れないの。70年代のマンチェスターを、極東の君の青春にはさせないの。君を成さないの。


今回のアルバム・ジャケット、アート・ディレクションを手掛けたのは毎度毎度のピーター・サヴィル。一度はアートワークの依頼を断ったという噂で、オレンジで大きく書かれた「No」は単なるNEW ORDERの頭文字ではなく、拒絶のNoだと深読みファンは喧しい。
しかし、これはNoでもNEW ORDERでもなく、「日本語面白れぇ」の略語に違いないんだ。或いは「日本人面白れぇ」の略。声に出して読みたい日本語。「イアン・カーティスが俺の青春だった」「70年代のマンチェスターに生まれたらどんなに良かったか」「『Closer』が僕の人生を変えた」「キミヲナサナーイ」。


予言しちゃう。僕これから予言しちゃいますけど。
今年のフジロックでNEW ORDERが来日して。満員のグリーン・ステージでアンコールに"Krafty (日本語バージョン)"を歌います。「明日を終わらせなーい」のとこを「フェスを終わらせなーい」とかに変えて。
で、一ヵ月後に雑誌で「あの瞬間が日本10年の野外フェス史におけるハイライトであった。"Krafty"はフェス世代にもたらされたアンセムである。海の向こうのバンドたちが、同じ山の記憶を持つバンドたちとステージを共有するという、そんなフェスの歓喜を体験したぼくたちに降ってきた、福音である。NEW ORDERが歌う日本語ロックが壁を壊した。いま、音楽は国を超えて、ひとつになった」みたいなコメントが載っちゃう。


そんな瞬間が見たくてずっと高い金出して洋楽聴いてたんじゃないよ。と、きっとそのとき僕は思うはずだ。15年かけて築き上げてきた俺のスノッブ洋楽ワールドが「アスヲオワラセナーイ」なんて日本語で終わらされてたまるか、なんて。繋がらなくて良いブラックホール同士が繋がったような、母ちゃんにホームページの日記を全部見られたような。助けて。JOY DIVISIONよりも暗い未来から僕を救って。


冗談はさておき。24時間パーティーな70年代のマンチェスターに生きる21世紀の洋楽ファンに叩かれてブルーマンデイを迎えるのはまったくもって趣味じゃないから一応書いておく。「冗談はさておき」。
アルバムやアーティストどころか僕たちの洋楽観までも揺さぶるボーナス・トラックの金字塔の登場だ。
NEW ORDERの全曲、バーニーの全歌唱に対する日本語化パッチともいえる衝撃の"Krafty (日本語バージョン)"を聴いて、泣きながら会社で「ボーナスなんて...もう要らない」と呟いてみよう。
喜色満面の人事担当者が飛んできて、ただでさえ洋楽CD購入代に圧迫されている君の年収が更に減る。そこで首を吊れば、30秒で憧れのイアン・カーティスになれるはず。


気が向いたときだけ歌詞に注意を払うっていう聞き方ができるから、多分俺洋楽好きなんだなあ。
イミヲナサナーイ。

投稿者 しまけん : April 5, 2005 12:25 PM | トラックバック
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